そろりと、自分のくちびるに触れてみる。
秋の乾燥した空気のせいで、少しカサカサしている。
あのときも、わたしの唇は渇いていたんだろうか。
「タイショー‥‥‥」
ぎゅっと目を閉じて、名前を呼んだ。
あのとき、どうしてわたしにキスしたの?
好きでもないくせに、どうして。
閉じたまぶたの裏に、あのときの光景が映し出される。
そして、
あのあとに起きた出来事も―――。
わたしはシャットアウトするように、さらに強く目をつむった。
‥‥‥‥思い出しちゃいけない。
ふたをして、時間の砂に埋めた、あの記憶。
そう、物語の主人公たちをジャマする、みじめな脇役でしかなかった自分を。