当たり前だ。

当たり前だ、林太郎のほうがずっと強いのなんて。


でもそんなの、いつか気づくんでよかった。

いつか自然と、ああやっぱり林太郎も男の子なんだなって、実感する時が来る、それでよかったのに。

林太郎は待ってくれないんだね。


いきなりの突風が顔を打った。

山道を駆け下りていた私は、それがまるで、誰かに怒られたみたいに感じた。


違うだろ、逃げるな。

もう、“いつか”なんて、来ないんだ。


そう叱責されたみたいに。





汗だくになって玄関に飛びこむと、お母さんはいなかった。

炎天下、水分もとらずに走りっぱなしだったせいか、視界がぐるぐると回って立っていられず、廊下に横たわって丸まった。

吐き気がする。


ゴロゴロ、とどこからか2リットル入りのペットボトルが転がってきた。

震える手でふたを開け、よろよろと持ちあげてあおる。

スポーツドリンクの甘ったるさが、身体の隅々まで行き渡って、潤していくのがわかった。



「伸二さん」

「礼は遠慮する」

「こういう時は、できたら500ミリのほうが」

「文句か」

「私、今日は大丈夫ですかね」



ふっと下駄箱の上に伸二さんが現れた。

いつもの白いTシャツとジーンズで、腰かけている。



「おそらく、だが確証はない」

「伸二さんたちにもわからないまま、いきなりって、あるんですか」

「昨日が、まさにそうだ、彼はあのまま魂を回収されてもおかしくなかった」

「テンにお礼を言わなきゃ」

「奴は今、あの病院だ」

「村長が危ないんですか」

「いや、ふたりで話をしている」



遠くの音に耳をすますように、伸二さんは目を伏せて、動きをとめた。

なんのですか、と小声で尋ねると、じっと間を置いて。



「“トワ”のだ」



その名前を、すごく大事なもののように口にした。