「あっちゃんはもう、僕の前を走るなんて、できんで」
「林…」
「力かって、僕に勝てん」
わかる? とにこにこする、育ちのよさそうな顔に、私の心の中を気づかせるわけにはいかなかった。
痛いくらい鳴っている、この心臓の音を聞かせるわけには。
「林ちゃん、何やってる!」
「わあっ」
急に林太郎が倒れかかってきた。
突き飛ばされたみたいに、勢いよく覆いかぶさってきたので、苦しくて思わずむせる。
林太郎は、ぱっと身体を離して、ごめんと赤い顔で謝った。
「大丈夫やった、あっちゃん」
「何が大丈夫だ、入院したってのに、悪さする元気はあんのか!」
背後では猪上さんが、湯気が出そうなほど怒って、拳骨を振りあげている。
振り返った林太郎は、一瞬ぽかんとし、そのあとさらに真っ赤になった。
「誤解や、僕、ほんなつもりやない」
「みんなそう言うんだ」
「誤解やって!」
悲鳴みたいな声をあげる。
「僕はただ、わからせてあげよかなって思って」
「腕にもの言わせてか」
「ほやない、僕のほうが強いでって、見せただけや」
「そんなの当たり前だ、女の子になんてことする!」
「いた!」
ガツンと頭をやられて、林太郎が首をすくめた。
途方に暮れた涙目で私を見る。
「のぉ誤解やがの、あっちゃんも何か言ってや」
私はなぜか、何も言えず。
気づいたら、病室を飛び出していた。