ノートをうちわ代わりに、席に戻る背中を見送った。

退部して筋肉が落ちたのか、その背中は記憶よりも、シャツが余っているように思える。


うん、意味ね、あったよ。

智弥子ってショックを受けると、怒ってるみたいに見えるんだってこと、思い出した。


中学校で飼っていたクジャクが、飼育係の不注意で檻から逃げ出したことがあった。

夜の間に野犬に噛まれたと見え、中庭の隅で冷たくなっていたクジャクを、翌朝発見したのは智弥子だった。

泣きじゃくる飼育係のそばで、智弥子はずっと恐い顔をしていた。

そんなに怒らないで、怒ってない、のやりとりを数回経て、ついに智弥子は本気で腹を立て、飼育係の子の一派としばらく関係が悪くなった。


私の時は、あんなふうにならないといいけど。



数学の授業は、章テストだった。

来週の授業で答え合わせをするという通達を聞きながら、私はこのテストの点数を知ることはないんだと、ふいにさみしくなった。


試験も受験も、もう関係ない。

リタイアという名の、解放。


ふと思いついて、問題用紙にテンの名前を書いた。

間を置かず、じわりとその下に文字が浮かび上がる。



“なんだ”

“トワのことを教えて”

“1-3-10号、俺の前任、弥栄杉久の担当、消滅済”

“どうして消えたの”

“飢えたからだ”

“何に?”



問題文に使われているフォントそのままの文字が、現れては消える。

ここでテンからの回答が、途切れた。



“起きてよ”

“寝てねえよ”

“答えて”

“伸二に訊け”



それじゃ彼を苦しめるだけじゃないか。

村長がトワにあげなかった“エサ”がなんであるか、伸二さんだって覚えていなかったじゃないか。