「疑ってごめんなさい、肩を叩いたの、伸二さんじゃなくて、テンですね」

「いや、そもそも奴がそんな真似をしたのは、俺への嫌がらせだと思う、俺のテリトリーに干渉したかったんだ、すまなかった」

「テンとは何かあったんですか」



伸二さんがあまりに殊勝で、調子が狂う。

ベッドの、私の横を叩いて促すと、彼はちょっと考えてから意味を解したらしく、うなずいてこちらに来る。

伸二さんが座ると、ベッドはちゃんとたわみ、かすかにきしんだ。



「わからない」

「それは、その…」

「残念ながら俺の記憶は、どうやら信用に足らないようだ」



難しい顔で、床を見つめている。

そんな姿は、なんでもできそうに思えた死神なんかじゃなくて、ただ、途方に暮れている、普通の人だ。



「申し訳ない、きみの案件の最中なのに」

「記憶が確かでないと、仕事に障りがあるものなんですか」

「それは…問題ないと、思う」



伸二さんが、自分の手のひらをじっと見つめた。

たぶん、自分の能力までもが、操作された記憶によるものではないことを、確かめているんだろう。

あの激しい雷鳴が、伸二さんとテンの力がぶつかった結果だとしたら、たぶんこの人の能力は、本人も言ったとおり、高いんだ。

いまひとつ基準がないけど。


伸二さん、と呼びかけると、ん、と穏やかな声がした。



「私、決めました」

「何をだ」

「オーダーをです」



ほう、と彼が久しぶりに、嬉しそうにする。



「聞こう」

「季節感が欲しいです」



伸二さんが問い返すように、ちょっと眉を上げた。



「夏らしく終わりたい」

「例えば」

「任せます、演出してください、伸二さん」



彼は口元に手を当てて、慎重に、内容を噛みしめるような間を置いて。

ひとつ、うなずいた。



「承知した」



その微笑みは、たぶん。

これまで見た中で、一番優しい顔だった。