「おばさんは?」
「んー、正直、あんまり来たくないんやないかな、お父さんのほうの親戚と、折りあいよくないで」
「それにしたって」
「母さんのぉ、別々に暮らしてんのに、籍抜いてえんが、ほれを遺産目当てって言われたらしくての、嫌気差してんたみたいや」
あの村長にして、その親戚ありか。
なんて、今際の際にいる人に、失礼だろうか。
でも仕方ない、私にとって村長は、善良なイメージの人ではない。
林太郎のお父さんでなければ、ここまでの胸の痛みも、なかっただろう。
突如、あ、と声をあげた私を、林太郎が不思議そうに見た。
わかった、もしかして。
「お母さん、あの時、ここに来ようとしてたのかも」
「ミゾに落ちた時?」
「そう、どうやってか、知っちゃったんじゃないかな、おじさんが入院してるって」
「なんでおばさんが、お父さんに会いに来るん」
「なんでって」
慌てて口を閉じ、ほんとなんでだろね、とごまかした。
どうやら私は、隠し事をするのに向いていない。
林太郎は一瞬怪訝そうにしたものの、特に気にならなかったらしく、それ以上追及せずにいてくれた。
でもたぶん、この推測は正しい。
お母さんは、村長に会いに来ようとしたんだ。
子供までつくって、ずっと近くに住んでいた男の最期に、会いたくなったって当然だろう。
(お母さん…)
もう長くないのなら、会わせてあげたい。
でも、正気に戻った母が、それを望んでいるのか、わからない。
その時、病室の中から力ない咳が聞こえてきた。
林太郎が、さっと立ちあがってそちらに向かう。
廊下のソファに腰かけたまま、私はさっきからずっとこちらを見ていた、黒い影に話しかけた。
「どうして私をここにつれてきたの」
「お前があのボンに会いたがってたからだ」
そんな理由のない親切、信じると思わないでほしい。
「昨日、私の肩を叩いたのは、あなた?」
「そうだとしたら、なぜ伸二は今日、お前のそばにいないんだ」