「どうしたんやし、なんでここに来たん」

「林太郎こそ、お父さん…」



タオルの隙間から見あげる林太郎の顔が、翳っているような、疲れているような印象だったせいで、言葉を探した。

林太郎のシャツから、病室と同じ匂いがする。



「ずっと見ないと思ってたけど、もしかして、けっこう前から?」



林太郎はうなずいて、春頃や、と言った。

私の肩にタオルをかけて、ベッドのそばへ促す。



「たまに意識、戻るんや、話しかけてあげてや」



おそるおそる近づくと、上体を少し起こしたベッドに横たわっているのが、確かに村長だと確認できた。

でも、でも全然違う。

粘土みたいな質感で、小さくて乾いていて、恐ろしいくらいに、生気がない。


精力の塊みたいだった村長が。

こんなところで、朽ち果てようとしている。



「…おじさん、新です、向かいの」



あなたの娘です。

林太郎がいなければ、そう話しかけたかった。

どんな反応をするか、見たかった。


けれど村長は、眉間にしわを寄せたまま、口をわずかに開けた状態で。

眠っているとも起きているともつかない表情で、呼吸だけをしていた。





「うん、もうな、長くないんよ」

「だって村の人、知ってる?」

「言ってないんや、ここだけの話、お父さんの後継争いが、揉めてんのやって、ほんなんみんなには、聞かせられんやろ」

「そんな…」



少しおじさんにつき添ったあと、私を廊下につれ出した林太郎は、ミルクティの缶を販売機で買って、はいとくれた。

林太郎は、たまにこうして、おじさんの世話をしに来ていたらしい。

普段は家政婦の大町さんがやってくれるけれど「やっぱり他人やし、彼女も休まんとあかんし」と林太郎は笑った。


目と鼻の先に暮らしてたのに、全然知らなかった。

全然知らなかったよ、林太郎。