神社へとまっすぐ続く坂道を途中で折れ、山腹に贅沢に建てられた病院に着く頃には、濡れネズミだった。

カッパを着てくればよかった、と後悔しても遅い。



「こっちだ」



テンが向かった方向には、入院病棟と書かれた矢印が、長々と廊下に伸びている。



(そうだ、携帯)



病院に入るなら切らなければととり出して、相変わらず更新のないサンクスノベルズのことを思い出した。

昼間の電話でも、智弥子とその話になった。



『せっつく気はないんだけど、いきなり間があくんなら一言くれないと、心配になるよね』



すっかり中毒だね、と一緒に笑った。

読み返すのも楽しいけれど、すでに暗記するほど読んでしまったものばかりなので、限界がある。

電源を落とす間際、一瞬だけ掲示板をのぞいてみたけれど、やはり読者からのカキコしかなかった。



「勝手に歩いていいのかな」

「構わないだろ、面会謝絶とかでもねえし、ホラここだ」



たどり着いた先は、ひとつの個室だった。

入院患者の名前が書かれたプレートが、ドアの横に挿してある。


弥栄、杉久。



「え…」



何もしていないのに、さっとドアが横にスライドした。

広い部屋の奥に、木製のベッドがあり、その横に誰か、腰かけているのが見えた。

その誰かが、戸口に佇む私を見て、ぽかんと口を開けた。



「あっちゃん…?」



林太郎は、ぱっと戸棚から白いバスタオルをとり出して、私のほうへ駆けてきた。

足元に水たまりをつくっている私の顔と頭を、それで拭いてくれる。


病室は、なんともいえない匂いがした。

甘ったるいような、すえたような。

もし、そういうものが存在するのだとしたら、これがそうだと直観した。


死の匂い。