またどうぞ、と店員が言う間に、青年は店を飛び出して、向かいの校舎に全力疾走だ。

トワには聞こえていた。


トクトク、トクトク。


ふたりぶんの音。


トクトクトク。


この音がしはじめると、トワは眠くなるのだ。

だってこの先、しばらくの間、自分とお互いのことで手一杯で、世界なんてまったく目に入らなくなるふたりが生まれたってことだから。


トワにはわからない気持ち。

でも好きだ。


とろっと甘くてたまに酸っぱい、ふたりだけの世界。

ふふ、とトワは思わず身をよじって笑った。


身体の中に飛びこんできたものが、あまりにくすぐったくて、むずがゆかったから。





「あれ…?」



誰も出ない。

林太郎の家の玄関で、もう一度呼び鈴を押した。

広いお屋敷に、むなしく響きわたるチャイムが聞こえる。


首をひねった。

林太郎は寝込んでいるとしても、だったらなおさら、お手伝いさんがいるはずなのに。

鍵がかかっているということは、もしかして、誰もいないんだろうか。



「まさか、病院行くほど具合悪いってことは…」



お見舞いにと持ってきた梨の袋を提げたまま、林太郎に電話をしてみるも、電源が入っていないか電波の届かない場所にいるとあしらわれる。

オフしてるのか圏外なのかくらい、教えてくれたっていいだろ、とつまらないことに腹を立てながら引き返そうとした時。

目の高さに、黒いブーツが映った。





「ほんとに、林太郎がこっちにいるわけ?」

「疑り深えなあ、オレたちは嘘つくようにはできてねえんだよ、あんな無駄なことすんのは、人間だけだ」

「無駄なばかりじゃ、ないんだよ、っと」



ぬかるみに長靴をとられそうになった。

半歩戻って引っこ抜き、また粛々と坂道を登る。