"頑張れ、受験生!"


青年は、カフェオレのカップのスリーブに書かれた店員からのメッセージに気づいて、ふっと笑った。

周りに人がいないことを確認する、気の小ささを示す仕草。



「粋だって言ってほしいわけ?」



そんな孤独な独り言が、トワまで届く。


だいたい俺、受験生だけど高校生じゃないし。

去年、この店ができる前から受験生してるし。

いい加減、頑張るとかそういう次元じゃないところまで来てるし。


身を守りたくて吐き出される言葉が、全部彼自身に跳ね返って、傷をつくっていくのを、トワは見守った。

悲しい連鎖。

何もかもが、自分にとって有害に思えるのだ。

人が与えてくれた蜜まで、毒に見えるのだ。



(飲んでみればいいのに)



トワは思った。

飲みこんでみれば、それはとても温かい、毒とは似ても似つかないものだって、わかるのに。


青年は、予備校へ行く前の日課である1時間弱の勉強を始め、時間どおり終え、席を立った。

ダストボックスでは、ちょうど中身の入れ替えが行われているところだった。

作業中の店員が、あ、と顔を上げる。

先ほど、青年にカフェオレを渡した、小柄な学生の、女性の店員だ。



「お預かりします、行ってらっしゃい」



にこりと微笑みかけ、手を差し出される。

青年は、空になったカップを突き出そうとして、はっとためらった。


たぶん、ヒトからしたら、そこそこ長い間が経過した。

トワがちょっとあくびをする程度の時間はあった。


やがて青年の手が、カップからスリーブを外し、それをコートのポケットにしまう。

カップを受け取った店員は、嬉しそうに笑った。



「…ありがとうございます、行ってきます」