──彼氏が犯罪してたとかさあ。


先輩はそう言って、抜け殻のように笑った。



『知ってるわけないじゃん、普通にいい人だったっつーの。なのに警察は、あたしも噛んでたみたいな言い方で』

『気のせいですよ、先輩だって被害者です』

『やめてよ、あたし別に、彼から何かされたわけじゃないし、むしろいっぱいしてもらったし』



あはは、とまだ座りこんだまま、白い顔で汗をかいている。

タバコ持ってない? と訊かれた時には、泣きたくなった。


先輩の彼氏は、被害者のひとりに訴えられて、警察に調べを受けていた。

その最中に、地元であるこの町に逃げ戻ってきて、たぶんそこをおじさんに狙われた。


先輩が戻ってきたのは、彼の看病をするためでもなんでもない、彼女自身、もうどこにも居場所がなかったからだ。

生まれ育ったこの町で、ゆっくりしたかったからだ。


その矢先、彼が刺された。



『心臓刺されて生きてるって、意味不明』



先輩は、イライラとそうつぶやき。

でもさ、と唇を震わせた。


──死なないでくれて、よかった。





「先輩はね、彼が悪いことしてたって、完全には信じきれてないんですって」

「そうか」

「あたしバカだよねって笑うわけです、全然おかしくないのに、笑うわけですよ、あんな先輩、見たくなかった」



そうか、と死神はうなずいた。

覚えておく、とでも言いたげな、他人事めいたその態度に、私は我慢も限界だった。



「おじさんはね、どうしてかわからないけど、殺しきれなかったんですよ、それでも私に、ありがとうって言ってくれたんです」

「う」



死神の顔が歪んだ。



「人を刺して、捕まって、しかも公務執行妨害なんてつまんない罪で、そんな時なのに、私にありがとうって言ったんです」