「あれ、あたしの自転車? 使ってくれてるの、嬉しいな」
「先輩、彼氏さんが大変って、ほんとですか」
駐輪スペースに目を向けたまま、うん、と脱け殻のようにうなずく。
あの活発でいつもきらきらしてた先輩と、同じ人だなんて思えない。
智弥子の話が、急に真実味を帯びたようで、私は目先の目的も忘れ、先輩の手を握った。
「ね、先輩、どこか入りませんか、甘いものでも」
「ごめん、あたし、変でしょ」
ちょっと疲れてるの、と見るからに無理やり笑う。
「もう行くわ、あたしといると、江竜に迷惑かかるから」
「迷惑って、なんですか」
「ケーサツ?」
そうすれば、ちょっと言葉の重みが薄れると思いたいのか、肩をすくめて。
私は、聞いた内容よりも、先輩のその様子に、戦いた。
同時に、おじさんのことを思い出した。
「実咲先輩、私、一瞬で用事すませてくるんで、お願いだからここにいてくださいね、すぐですから」
絶対ね、と先輩の手をぎゅっと握ると、不思議そうにしながらも、うなずいてくれる。
私は後ろ髪を引かれる思いで、通りを渡り、裏通りに駆けこんだ。
青いジャンパーはもう見えない。
網の目になっている通りを、どう探せばいいのか見当もつかず、見回しながら佇んでいると、また肩を叩かれた。
振り向いても予想どおり誰もおらず、ただ奥のほうに見える路地の入り口が、なんでかぼんやり光っているのに気づく。
迷う暇はなかった。
そちらに向かって走った。
角を曲がる時、朽ち果てそうな木造の建物の、壁を補強してあった錆びたトタンで手を切った。
構わず奥に進むと、突然、黒い影に行く手を遮られた。
「わっ?」
「現在ここから先は、立ち入り禁止です」
それは制服姿の警察官だった。
庶民の性で、うしろ暗いこともないのについ怯んでしまう。
でもすぐに気づいた。
こんなさびれた裏通りで、わざわざ警察官を置いて通行止めなんて、おかしい。