やがておじさんは、時間だ、とつぶやいて出ていった。

懐中電灯をひとつ置いてってくれたので、暗くて困ることもない。

でも私たちはなんとなく、バッグの中に電灯を入れて、光が外まで漏れないようにした。


すぐ戻る、という言葉を、根拠もなく信じて。

することもなく、がらくたの山の中に、座ってるだけ。


林太郎の、物思いに沈んでるような横顔を眺めた。

立てた片ひざに頬杖をついて、おじさんの消えた扉を、じっと見ている。


視線に気づいたのか、ふとこっちを向くと。

にこりと頼もしく微笑んだ。



「変な時間やな」



その表現が、あまりに的確すぎて、言うことがない。

変な時間だね。


今頃、どこかで、誰かが。

あのおじさんに、命を奪われてる、かもしれない。



「とめんかったの、後悔せんと、あかんのやろな」

「どうだろうね」

「僕、する気がせん」



うん、私も。

どこかの、顔も知らない誰かの命より、少しの時間を過ごしたおじさんの願いのほうが、大事なんて。

間違ってるんだろうけど。



「これは、あれだ」

「ストックホルム症候群?」

「それ」



かもやなぁ、と林太郎が穏やかに笑う。

意味もなく頭の中で歌を歌ってみたりして、やけにゆっくり流れる時間を数えた。



「あっちゃんが、ひとりの時やなくて、よかった」



やがて林太郎が、ぽつんとそうつぶやいた時。

生きててほしくないと、おじさんが願った人にも、担当の、人見なんとかさんが、いるんだろうか。

なんて、考えた。