「これ、開けてくれねえか」
「え?」
完全に警戒態勢に入っていた私は、いきなりのお願いごとに対応しきれず問い返す。
仏頂面のおじさんが差し出しているのは、水のペットボトルだった。
「あんまり暑くてよ。でも俺は手が利かなくてな」
早口にもごもごと、言い訳するみたいに言う。
ちらっとおじさんが視線を走らせた彼の左手は、ジャンパーのポケットに入れられていた。
「あっ、はい」
片手が不自由なんだ。
私は内心あせりつつ、ペットボトルを受けとって開ける。
「フタは、どうしときます?」
「じゃあ、軽く閉めといてくれ」
軽くってどのくらいだ、きっとこのくらいだ、と細心の注意を払ってフタをうっすら閉める。
ボトルをおじさんの自由なほうの手に渡すと、しかめつらがほっとしたように緩んだ。
「ありがとよ」
言いながら不器用に片手でフタを外しつつ、去っていく。
もっと軽く閉めておけばよかった、と無駄な後悔をしながらそれを見送っていると、突然、背後でどさっと重たい音がした。
今度は何。
おそるおそる振り返ると、足元に人が倒れていた。
とっさに、熱射病か日射病だと思った。
このふたつの違いはよくわからない。
面倒なので立ち去ろうという思いと、助けなきゃという思いが一瞬交差して、さすがに後者が勝つ。