あの深さに落ちたら、どのくらいのケガをするんだろう。

ノベルどおりのことが起こったんだとしたら、日のあるうちに落ちたってことだから、最悪もう、半日近くもあの中にいる。

ぞわぞわと、パニックの気配が肌を駆けのぼってきて。

あっちゃん、という林太郎の声に、かき消えた。



「食べよっせ」



いつの間にかテーブルに並べられた小ぶりのお重には、お稲荷さんとおにぎりが並んでいる。

手を出せずにいると、ん、とひとつを突きつけられた。



「おばさんが見つかったら、駆けつけてあげんとあかんのやで、あっちゃんがしっかりしてえんくて、どうするんやって」



たしなめるような、諭すような。

そんな口ぶりに、私は今、自分がひとりじゃないことに、ものすごく感謝したくなった。

この不安を、ひとりきりで抱えずに済んだことに。


涙と一緒に食べるお稲荷さんは、残念ながら味をほとんど感じなかったけれど。

温かいごはんが、大丈夫や、という林太郎の言葉を、後押ししてくれているような気がした。





やけにまぶしいと感じた。

目の前に伸二さんがいた。

はっと身を起こすと、隣で身じろぎする気配があって、見れば林太郎だった。

どうやら病院の待合室のソファで、寄っかかりあって寝てしまったらしい。

少し離れたところに座っている伸二さんは、明るい声で言った。



「俺を呼べばよかったのに。お前の母親に、まだ“予定”はない。訊いてくれたら、すぐに教えたのに」

「…命を落とすばかりが、最悪の事態じゃないでしょう」



なんで私のほうが負け惜しみみたいになってるんだ。

まだ眠気の残る頭で、なんとか言い返した。


確かに今思えば、伸二さんに頼ることを思いついてもよかったはずで、それが頭からすっぽ抜けてたことに驚く。

泣きながら林太郎に助けを求めたのが、今さらながらに恥ずかしく、ついでになんか悔しい。


私が体勢を変えたせいで、支えをなくした林太郎の頭が、ことんと肩に落ちてきた。

いつの間にそうなったんだか、私たちは手を繋いでる。

今離したら、林太郎を起こしてしまいそうで、できない。