予備校はサボろう、なぜなら暑いから。
なんて柔軟な発想、と悦に入りながら自転車をこぐ。
去年卒業した、大好きだった部活の先輩の卒業式の日に、半分冗談で「ください」とねだったら。
まさかの「いいよ」という返事が返ってきて以来、私の愛車となったクリーム色の自転車だ。
『ほんとですか』
『ほんとほんと。今日は彼んちで朝まで遊ぶし、そしたらチャリいらないし、ちょうど、どうしようかなと思ってたとこ』
『やばい、感動です。ですが私、これで今日チャリ2台です』
『乗ってきたほう、誰かにあげたら?』
結局、私はその帰り道から先輩の自転車に乗り換えた。
それまでのは学校の駐輪場に置いておいたら、数週間後には消えていた。
(先輩の彼氏は、サラリーマンだったはず)
どうやって出会ったのか、いまだに謎だ。
郡でひとケタ位に入るくらいテニスが上手で、美人で成績もよくて。
いきなり生徒会長に立候補したりする意味不明ぶりなのに、誰からもやっかまれたり疎まれたりしない先輩だった。
憧れだったので、彼女にあやかって、愛車にはミサキ号という名前をひそかにつけていたりする。
舗装されていたりいなかったりする道路を10分ばかり走って、このあたりでは大きな駅の駐輪場にとめた。
ちょっと遊んでから帰ろうと思ったからだ。
奇跡のようにこのド田舎に舞い降りた、シアトル発信のコーヒーチェーン店で、贅沢にフローズンドリンクでも買って涼もう。
そんなことを考えながら駅ビルに入ろうとしたところで、突然肩を叩かれた。
振り返ると、同じくらいの目線の高さの、小柄なおじさんが、こちらをにらんで立っていた。
この暑いのにくたびれた青いジャンパーを着て、すりきれたキャップをかぶっている。