携帯を持つ手に、力が入った。

最新の小説は、不思議な女性に遭遇した、あるドライバーの話だった。

その人は、大きな鳥居のそばで、ふわふわと漂うように歩く、女の人を見つける。

炎天下、日傘も持たず、帽子もかぶらず、だけど楽しげにひとり歩く女性に、ドライバーである男性は声をかけた。



『どちらへ行かれるんですか』





くるんと振り返った女性は、透きとおるような白い肌に、可憐な顔立ちで、現実のものではないように思えた。

ドライバーの心音が高鳴ったのが、トワにはわかった。

女性は小鳥のように首をかしげ、訊き返す。



『ごめんなさい、なあに?』

『いや、どちらへ行かれるのかなと。同じ方向なら、乗りませんか、暑いでしょう』



言ってから、変な誘いと勘違いされたらまずいと思ったのだろう、慌てたドライバーをよそに、女性はふわりと右手をあげて。

延々とまっすぐ続く道の先を、ぼんやりと指さした。



『あっちのほうへ、行くんです』

『山の上ですか?』

『歩いて行きます』



とんちんかんな答えに戸惑う。

女性はにっこりと微笑んで、車の窓から離れていった。



『こんなにいい天気なんだもの、でも気にかけてくれて、ありがとう』



真っ白な腕を、日光を抱きしめるみたいに広げて。

またふわふわと歩き出した彼女を、夢を見ているような心地で、ゆっくりと追い抜かしたドライバーが。

ふとバックミラーをのぞいた時には、女性の姿は、どこにもなかった。






夏の日のメルヘンて感じの一幕だ。

これを母だと思ったのは、日付と女性の特徴が一致したからってだけじゃない。

ノベルの中にある、鳥居の描写のせいだった。


“横木の上に、三角屋根のある、一風変わった鳥居”