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飛びこんできたものは、あまりに軽くてまろやかで、はじめての感覚だったので、トワは自分が浮いた気がした。
ふわふわ、ふわふわ。
トワに経験があれば、それを“酔ったような”と表現したかもしれない。
まっすぐ進むのに、ひどく苦労した。
少し行くたび、縦か横のどちらかに振れた。
見慣れた通り道である電線が、妙に心を浮きたたせるものに見えて、トワはひとつサービスをしようと思いついた。
(消してあげるね)
あの男の子と女の子が、昼寝から目覚めたら、どんな顔をするだろう。
あったはずの傷が、綺麗に消えているのを見たら、驚くだろうか、喜ぶだろうか。
そんなことを考えながら、ふわふわ、ふわふわ。
トワは当分、何も吸収しなくてもいいような気さえしながら、キツネに似た鉄塔の、耳の間に丸くなり、心地よい眠りについた。
▲
──あっちゃん、僕な。
バカ、林太郎。
なんで今、言うんだよ。
言うなら、せめてもう少し、私が素直になれるタイミングを狙ってよ。
なんて、そんなもの、たぶんもうないけど。
聞きたくないよ、林太郎。
だってね、もうどうにもならないの。
私たち、同じ父親の下に生まれてて。
私はもう、一週間もしたら──
ふと、静かすぎると思った。
一瞬だけ、私は寝ていたらしく、どこかへ行きかけていた意識が急速に身体に戻ってきた衝撃で、はっとした。
ジーという耳鳴りみたいな虫の声がする。
家の中に、なんの気配もしない。
部屋を飛び出した。
母の寝室を見て、洗面所も台所もバスルームも、納戸も押入れも全部見た。
──お母さんがいない。
飛びこんできたものは、あまりに軽くてまろやかで、はじめての感覚だったので、トワは自分が浮いた気がした。
ふわふわ、ふわふわ。
トワに経験があれば、それを“酔ったような”と表現したかもしれない。
まっすぐ進むのに、ひどく苦労した。
少し行くたび、縦か横のどちらかに振れた。
見慣れた通り道である電線が、妙に心を浮きたたせるものに見えて、トワはひとつサービスをしようと思いついた。
(消してあげるね)
あの男の子と女の子が、昼寝から目覚めたら、どんな顔をするだろう。
あったはずの傷が、綺麗に消えているのを見たら、驚くだろうか、喜ぶだろうか。
そんなことを考えながら、ふわふわ、ふわふわ。
トワは当分、何も吸収しなくてもいいような気さえしながら、キツネに似た鉄塔の、耳の間に丸くなり、心地よい眠りについた。
▲
──あっちゃん、僕な。
バカ、林太郎。
なんで今、言うんだよ。
言うなら、せめてもう少し、私が素直になれるタイミングを狙ってよ。
なんて、そんなもの、たぶんもうないけど。
聞きたくないよ、林太郎。
だってね、もうどうにもならないの。
私たち、同じ父親の下に生まれてて。
私はもう、一週間もしたら──
ふと、静かすぎると思った。
一瞬だけ、私は寝ていたらしく、どこかへ行きかけていた意識が急速に身体に戻ってきた衝撃で、はっとした。
ジーという耳鳴りみたいな虫の声がする。
家の中に、なんの気配もしない。
部屋を飛び出した。
母の寝室を見て、洗面所も台所もバスルームも、納戸も押入れも全部見た。
──お母さんがいない。