飛びこんできたものは、あまりに軽くてまろやかで、はじめての感覚だったので、トワは自分が浮いた気がした。

ふわふわ、ふわふわ。

トワに経験があれば、それを“酔ったような”と表現したかもしれない。


まっすぐ進むのに、ひどく苦労した。

少し行くたび、縦か横のどちらかに振れた。


見慣れた通り道である電線が、妙に心を浮きたたせるものに見えて、トワはひとつサービスをしようと思いついた。



(消してあげるね)



あの男の子と女の子が、昼寝から目覚めたら、どんな顔をするだろう。

あったはずの傷が、綺麗に消えているのを見たら、驚くだろうか、喜ぶだろうか。


そんなことを考えながら、ふわふわ、ふわふわ。

トワは当分、何も吸収しなくてもいいような気さえしながら、キツネに似た鉄塔の、耳の間に丸くなり、心地よい眠りについた。





──あっちゃん、僕な。


バカ、林太郎。

なんで今、言うんだよ。


言うなら、せめてもう少し、私が素直になれるタイミングを狙ってよ。

なんて、そんなもの、たぶんもうないけど。


聞きたくないよ、林太郎。

だってね、もうどうにもならないの。


私たち、同じ父親の下に生まれてて。

私はもう、一週間もしたら──



ふと、静かすぎると思った。

一瞬だけ、私は寝ていたらしく、どこかへ行きかけていた意識が急速に身体に戻ってきた衝撃で、はっとした。


ジーという耳鳴りみたいな虫の声がする。

家の中に、なんの気配もしない。


部屋を飛び出した。

母の寝室を見て、洗面所も台所もバスルームも、納戸も押入れも全部見た。


──お母さんがいない。