自信がないなら翻訳しないでほしいな、と誰にともなく悪態をついて、伸二さんは窓のカーテンを指で揺らした。
はす向かい、といっても間にぶどう園があるので、そこそこ距離があるけれど、そこに村長の邸宅はある。
たわわに実ったぶどうと葉のシルエットの向こうに、贅沢な玄関の明かりが見える。
ひとりで私を産んで、育てた母。
と思ったら、父親はこんな近くにいた。
去年、村をあげて村長の還暦のお祝いをしたから、母とそういうことになった時は、えーと、42歳とか43歳とかってことか。
うんまあ、あの村長なら、わからないでもない。
精力的で活力にあふれて、リーダーシップがあると言えば聞こえはいいけど、とどのつまり、ただのワンマン親父。
気に入らない職員は飛ばし、当然のように村内のお店では飲み代を払わない。
横暴な嫌われ者の偏屈親父。
弥栄杉久(やさかすぎひさ)村長。
林太郎の、お父さん。
「他に未練は? きみの担当である限り、きみの周辺事情を俺は入手することができる。なんでも提供する」
ひとつ小さな仕事をしたせいか、晴れ晴れとした顔で伸二さんが笑う。
私はなんだか、急激にくたびれて、のろのろと首を振るのがやっとだった。
「これまでどおり、普通に暮らしたいです」
結局、そういう人は多いんだろう。
でも伸二さんは、それを口に出さずにいてくれた。
優しく微笑んで、うなずくだけで。
お前は最後の最後まで他の誰とも変わらない、つまらない平凡な存在だなんて、言わずにいてくれた。
静まったリビングに、テレビの絞った音と、母の軽いいびきが響く。
伸二さんが気持ちよさそうに薄く開けた窓から、林太郎の部屋の明かりが見えた。
ねえ林太郎。
私たち、兄妹なんだってさ。
血が繋がってるんだって。
はす向かい、といっても間にぶどう園があるので、そこそこ距離があるけれど、そこに村長の邸宅はある。
たわわに実ったぶどうと葉のシルエットの向こうに、贅沢な玄関の明かりが見える。
ひとりで私を産んで、育てた母。
と思ったら、父親はこんな近くにいた。
去年、村をあげて村長の還暦のお祝いをしたから、母とそういうことになった時は、えーと、42歳とか43歳とかってことか。
うんまあ、あの村長なら、わからないでもない。
精力的で活力にあふれて、リーダーシップがあると言えば聞こえはいいけど、とどのつまり、ただのワンマン親父。
気に入らない職員は飛ばし、当然のように村内のお店では飲み代を払わない。
横暴な嫌われ者の偏屈親父。
弥栄杉久(やさかすぎひさ)村長。
林太郎の、お父さん。
「他に未練は? きみの担当である限り、きみの周辺事情を俺は入手することができる。なんでも提供する」
ひとつ小さな仕事をしたせいか、晴れ晴れとした顔で伸二さんが笑う。
私はなんだか、急激にくたびれて、のろのろと首を振るのがやっとだった。
「これまでどおり、普通に暮らしたいです」
結局、そういう人は多いんだろう。
でも伸二さんは、それを口に出さずにいてくれた。
優しく微笑んで、うなずくだけで。
お前は最後の最後まで他の誰とも変わらない、つまらない平凡な存在だなんて、言わずにいてくれた。
静まったリビングに、テレビの絞った音と、母の軽いいびきが響く。
伸二さんが気持ちよさそうに薄く開けた窓から、林太郎の部屋の明かりが見えた。
ねえ林太郎。
私たち、兄妹なんだってさ。
血が繋がってるんだって。