「あの妙な言葉、苦手だ」
「慣れると悪くないですよ」
「担当地区じゃねえから、辞書がいまひとつなんだよ」
なんの? と尋ねる前に、肩を叩かれた。
「置いてかんといてよ、もう」
「いや、この人がさ、お友達をね」
「…どの人?」
「え?」
振り向いた時には、誰もいなかった。
背丈より低い空っぽの下駄箱が、並んでいるだけ。
「あれ?」
「どうしたん、しっかりしてや」
「だって」
今まで喋ってたのに。
きょろきょろする私に、林太郎がため息をつく。
「勝手に動いたらあかんよ、危なっかしいんやから、あっちゃんは」
平気だって、と反論する私の髪を、いたわるように撫でられて、居心地が悪くなった。
林太郎は、花火大会での事故を、まだ気にしてる。
自分では覚えていないんだけど、私は好き勝手にふらふらするうち、林太郎とはぐれてしまったらしく。
何を思ったのか、立ち入り禁止区域にもぐりこんだ末に火災に巻きこまれ、結果、すっかり信用を失ってしまった。
仕方ない、確かに自分が悪い。
覚えてないけど。
手を引かれて校舎を出ると、日差しが目を焼いた。
ぐるっと回りこんだ先には、裏山がある。
山のてっぺんの、杉の大木の周りで、カラスが騒いでいた。
なんとなく、心がくすぐられた。
「私、林太郎に言いたいことがあったはずなんだけど」
「えっ、何、構えてまうわ、ほういうの」
「思い出せない」
何を想像したのか、なんや、と林太郎は息をつく。
「ので、思いついた話をしておくね」
「なんやの、もう」
「私、看護の専門学校に行こうと思うんだ」
「え、就職せんの?」