「しまった」
「どうした」
「あれじゃ林太郎が、自分を責めます、もっとちゃんと別れてくればよかった」
「案ずるな、いいようにしておく」
「記憶をいじるんですか」
「そんなところだ」
じゃあ、いっそ私がいた記憶ごと、消してください。
林太郎がゼロから、他の誰かを好きになれるように。
「お望みとあらば、やるが」
「ごめんなさい、強がりました」
嘘です、と正直に言うと、伸二さんが笑う。
「俺も、そこまで影響の大きいことはできない」
「なんだ」
聞かれなくてもいい本音、出しちゃったじゃないか。
ひとりで赤くなった時、空間の上のほうで、ゴンゴンとノックのような音がした。
伸二さんが顔をしかめる。
「業務妨害だ」
「入れてあげてください」
不承不承、という仕草で片手を上げた伸二さんは、次の瞬間には、その手にテンの首根っこをつかんでいた。
いてて、と文句を言いながら、テンが私に笑いかける。
「よお、ついに来たな」
「おかげさまで」
変な挨拶。
テンは、伸二さんを頭のてっぺんから爪先までじろじろと眺め、くそ、と毒づいた。
「何も変わってねえじゃねえか」
「何がそんなに気に入らない」
「時間がねえんだよ、また痩せやがって」
こんなに、と伸二さんの顎を、無遠慮に持ちあげる。
伸二さんは、心底不快そうにそれを振り払った。
「俺の話ならあとで聞く、今は集中させろ」
「あとにできねえからあせってんだろ」
「彼女の時が近いんだ」
「お前だってなあ、このままじゃ危ねえんだよ、うあ!」
突然、テンは身体をくの字に折って悶絶した。
震える背中から、水蒸気みたいな湯気があがる。