「歩ける?」
「うん…」
なんだよこれ、誰だよこれ。
途方に暮れながら、出店の前の人混みを歩いた。
「見て、浴衣とおんなじ」
露店の前で、林太郎が足をとめた。
着物の端切れを使った小物なんかを並べている店だ。
林太郎が手にとったのは、私の浴衣に入っている芍薬の柄とそっくりな、藍色とピンクの花のヘアアクセだった。
私の耳の上あたりに当てて、満足げに眺めてから、恥ずかしそうに首をかしげる。
「あげたら、つけてくれる?」
こういうことって、あるんだな、と。
一瞬のちに、冷静に振り返るのだけど。
その時の私は、急に周囲の喧騒から解き放たれたような気分で、私の声は林太郎だけが拾ってくれるんだって、そんな自信に満ちて。
「私ね、林太郎のこと好きだよ」
言ってから、気がついた。
ずっとそう思ってたってことに、気がついた。
林太郎のぽかんとした顔が、あまりに抜けてて、つい笑う。
「何がおかしいん」
「教えない」
むっとする林太郎を置いて歩いた。
あっちゃん、とあとを追おうとした林太郎が、商品を持ったままだったせいで、店員さんに呼びとめられているのが聞こえる。
ますます笑ったところに、追いついてきた。
「あっちゃん、まさか冗談やったんと、違うよね」
「そんなこと言うなら、そうかもね」
「のお、こっち見て」
肩をつかんで、振り向かされる。
目が合った林太郎は、混乱したような、腹を立てているような、喜んでいいのか迷っているような、複雑な顔で。
なんて素直なんだろう、と感動した。
林太郎が、屋台の裏手に私を引っ張っていった。
私はまだくすくすと、変な高揚に包まれていた。
明日が来ないのも、悪いことばかりじゃない。
後悔と自己嫌悪に満ちた朝を迎えずに済むと思うだけで、こんなに正直になれるなら。