そうだったのか。

県内の他の市で産まれた母は、幼い頃に両親が離婚していて、母親に育てられた。

その母親ともあまりうまくいっていないと、なんとなく聞いたことがある。

私は、祖父母というものに、会ったことがない。



「そこで、店長さんから嫌なことされててね、助けてくれたのが、その人だったの」

「かっこいいじゃん」

「でも、そのあとすぐに、その食堂が潰れたの、繁盛してたのに。たぶんその人がやったのよ、ちょっとやりすぎよね」



うん、あの村長なら、そのくらいする。

このあたりで偉い立場にいたら、暴力団とうまくつきあうのも仕事のうちだし。

ご自身がそっちの出なんでしょってくらいの迫力を備えた村長なら、そのあたりを活用して何をしたとしても、うなずける。



「なんで結婚しなかったの」



我ながら意地の悪い質問だと思った。

その頃には、村長には、当然のことながら、林太郎のお母さんである奥さんがいたはずだからだ。

でも純粋な疑問でも、あった。

向かい合わせになって帯を締めてくれる母は、ちょっと難しい顔をすると。



「私が子供すぎたからだと思う」



さみしげにしながらも、きっぱりと言った。

やるせなくて、腹が立った。

母は、もう何年も、そうやって自分を納得させて生きてきたのだ。

その目の前で、村長は林太郎を育てたのだ。


同時に、驚きもした。

ふた回りも歳の離れた少女の心を、そこまで惹きつけた、弥栄杉久の魅力とは、いったいどれ程のものだったんだろう。



「その人って、私のお父さん?」



予想していた問いだったらしく、母は一瞬口を閉じ。

吹っ切ったように明るく微笑んだ。



「ごめんね、生きてるうちに会わせてあげられなくて」

「いいよ、私はそこまで好きになれたか、わかんないし」

「優しい人なのよ、お前の母親は娘に浴衣も縫わねえのかって、ある時突然、これを贈ってくれたの」

「じゃ、趣味はいいんだ、こんな可愛いの」

「そう思う? お母さんは嬉しかったけど、古くさい柄って思ったの。よかった、あーちゃんは、あの頃のお母さんより、大人なんだわ」