「あんまり傷んでないね」
「これをもらってすぐに、お腹にあーちゃんがいるのがわかってね、一度か二度、着たきりなの」
「もらったって、誰に?」
補正用のタオルを私のウエストに巻きつけながら、お母さんは少し、思い出にふけるように言葉を切った。
ぎゅっと細い帯で締めあげられて、思わずぐえっと呻く。
「お母さんねえ、好きな人がいたの」
「え?」
肩にかけられた浴衣は、桐箪笥の匂いがした。
身体に両腕を回して、腰紐を締めながら、母が続ける。
「でも、死んじゃった」
え、それって。
もしかして、村長のこと?
「死んじゃったって…最近?」
「うん」
お母さん、村長、まだ生きてるよ。
記憶が混乱しているのかと危ぶんだけれど、母の顔は、そうではないと語っていた。
きっと母なりに、彼に別れを告げたと、そういうことなのだ、これは。
「…ずっと好きだったの?」
「そう、ずうっと」
「どんな人?」
「それがねえ」
どこで覚えたのか、母の手つきに迷いはない。
和服なんて、七五三に着せられたきりだ。
母は、女の子みたいに少し、頬を染めた。
「ひどい人なの、自分勝手だし、相手の気持ちなんか意にも介さないし、目つきとか話しかたも怖くてね」
くるんと私をひっくり返し、うしろのおはしょりを調整しながら、でもね、と笑う。
「時々、すごく優しいの」
「へえ」
「お母さん、高校があまり好きじゃなくて、途中で行かなくなって、小さな食堂で働いてたんだけどね」
「中退してたっけ?」
「ううん、先生の厚意で、卒業だけはさせてもらったの」