ほどなくして、ぱたぱたと慌ただしく、でも院内であることに気をつかっているのがわかる足音がした。

そっとノックして顔を見せたのは、林太郎だった。



「ごめんの、勝手に出つんてて」

「いいよ、おじさんはどうなの」

「今日はすっごく元気やったわ、仕事してた」



よかったね、というのが適切かわからなかったので、そっか、と言うにとどめた。

あのワンマン親父が、ベッドに縛りつけられて何ヵ月も過ごしているストレスと、自尊心の傷つきっぷりは相当だろう。

ちょっと容態が安定したくらいで、よかったわけない。



「お母さん、村長に何を言ったんだろう」

「わからん、でも、よくここまで来たなってくらいお酒飲んでたらしいで、あんまりちゃんとは喋れんかったんやないかな」

「そう…」



安心した。

お母さんと村長の関係は、お人好しなお坊ちゃんの耳に入れることじゃない。

なんてね、と自嘲した。


ただ知られたくないだけだ。

あんたは、私を好きになっちゃいけないんだよ、なんて。

言いたくないだけ。





白いふわふわした空間で、私は浮いていた。

やばい、もしかして寝ている間にあっちの世界に来ちゃったのかと一瞬あせり、あせっても仕方ないとすぐあきらめた。


ふと気づくと、頭上には陸地が広がっていた。

いや、頭上じゃなくて、私が逆さまなんだ。

あれは地上だ、それも、日本だ。


急速に、吸いこまれるように地表に近づいた。

すべてが思いどおりになると思わせておいて、実は想像の域を越えたことは再現できない、この感覚には覚えがある。


私は今、夢を見ている。


ぐんぐん地上に近づいて、大雑把な緑の大地だったものは、白や灰色のビルが立ち並ぶ景色へと姿を変えた。

ここが生産工場なんじゃないかと思うくらいたくさんの車が、脇目も振らず、黙々と道路を走っている。


どこかで見たことのある、神殿みたいなデザインの建物の、中央の尖塔の上に、何かがいた。

鳥かと思ったそれは、ふたりの人物だった。