胃のあたりが、ぐっと重たくなった。

この平穏が、永遠に続くとは思っていなかったけれど。

母が綺麗な姿で、穏やかに過ごしていて、話しかければ筋の通った返事が来る。

そんな当たり前のことが、幸せだったんだけどなあ、と振り返る。


でも、そうか。

これで真正面から、母とお別れせずに済む。


それは、お互いにとって、いいのかもしれない。





母は青白い顔で眠っていた。

いかにも薬で眠らされましたという雰囲気で、両手両足をまっすぐ伸ばして、真上を向いて寝ている。

人形みたい。



「アルコール依存症はね、治るとか治らないとかいうものではない、とにかくお酒を飲まずにいるしかないんだ」

「はい」



看護士さんに連れていかれた先の、小奇麗な診察室で、予想外に若い、背の高い男の先生が、気の毒そうに私に語った。



「けれど依存症の人にとって、お酒を飲まずにいるのは、たとえばきみが、トイレに行くなと言われるのと同じくらい、きつい」

「それはきついですね」

「想像がつくかな、意志しかないんだよ、脳と身体は求め続ける、お酒をやめるには、本人の意志しかない、あとは周囲の協力」



はい、と丸椅子に座ってうなずいた。

この椅子の上にいると、まるで私が診察を受けに来たみたいな条件反射に襲われる。



「最近は飲んでいなかったと言ったね」

「はい、家にアルコールもなかったはずなんですが」

「大人であれば、いつでも手に入るからね、飲ませずにいるのは、とても難しい」



ですよね、と同意しながら、私はどうも腑に落ちずにいた。

このあたりで、お酒を売っているお店はふたつしかない。

エンドレスで飲んでいた頃の母が酩酊状態で行ったのなら、さっさと売ってしまうのもわかるけど。

ここ最近の母が買いに行って、はいどうぞと売るだろうか?


それを見越して、遠くまで買いに行ったんだろうか。

そこまでして飲みたかったんだろうか。