「言うより楽なら、していいよ」
「え…」
襟首をつかんで、身体を倒して顔を寄せる。
林太郎はぽかんと、赤い頬で私と目を合わせていた。
「今だけ私のこと、好きにしていいよ、明日になったら」
少し引っかかって、言い直す。
「週が明けたら、全部忘れてあげるから」
一重の目が、瞬きをした。
左の目尻に、小さい頃、背の高い草で切った傷がうっすら残っているのが見えた。
まだあったんだ、これ。
私と遊んでいる時に、ついた傷だ。
一度それに気づくと、林太郎の顔に、昔の面影が重なる。
他の子よりも半回りくらいちっちゃくて、どこに行くにも足手まといだった林太郎。
別れの言葉を交わす間もなく、突然引っ越していったあと、一度だけ手紙をくれた。
返事を書きあぐねていたら、次はもう、届かなかった。
「…どういう意味やの」
その静かな声に、はっと我に返った。
林太郎が、賢そうな顔を歪めて、こちらを見ている。
「言葉どおりだよ」
「僕が、ほんなことしたがってるって、思ってたん?」
声がかすかに震えていたので、最初、動揺しているのかと思い、すぐに違うと気がついた。
林太郎は、怒ってる。
「したくないなら、いいよ別に」
「そうやって勝手に終わらさんといて、あっちゃんは今、ひどいこと言ったんやで」
「そっちこそ話変えないで、したいわけ、したくないわけ?」
「ほんなん答えられん、わかってるくせに」
泣きだしそうに見えた。
積年の習慣で、つい私は、慰めなきゃと頭に手を伸ばし。
それを振り払われて、目の前にいるのが、もう病気がちのか弱い林太郎じゃないんだってことを、思い出した。