「わかったわ、すぐ戻る」


私は素直に応じ、電話を切って兄を見つめた。


「ごめんなさい。会社から」


「ああ、聞こえてたよ。残念だけど、おまえが必要とされる人材でよかった」


やや皮肉げに言い、兄は箸を置いた。


「行きな。ここの払いは任せてくれていい」


「ごめんなさい。兄さん」



私は足早に店を出た。

兄の姿が見えなくなった途端、ため息が漏れた。自分がずいぶんと緊張状態にあったことに気づく。
駅と隣接したオフィスには戻らず、そのままアーケードを抜ける。

ライズのタワーマンションに向かい、もう何度も入った彼の部屋のチャイムを鳴らした。ドアはすぐに開き、中から伸びてきた腕が私を引きずり込む。


「え?葦原くんっ!?」


私を捕まえる手の主を呼ぶけれど、彼はどうやらものすごくご機嫌斜めのようだ。私を玄関ドアに押し付け、噛みつくように唇を重ねてきた。


「待って!……葦原くん!」


キスの合間に叫ぶ。葦原くんは聞く耳を持たないと言うように、キスを深くし、私の胸を痛いほど掴んだ。