「大袈裟にしないでよ。別に結婚したって会社を辞めるわけじゃないんだから」


未來さんは栗色のゆるいウェーブのかかった長い髪を揺らし、眉をひそめながら口元だけ笑っている。

照れ隠しなのはよくわかる。未來さんは豪放だけど、自分のプライベートにはシャイだ。今までの恋愛もことさら人に話したりはしてこなかった。

一番付き合いの長い私にだって、結婚が決まるまでは教えてくれなかった。


「ご主人は安野産業の常務ですよね。家庭に入ってほしいとか言われないんですか?」


3年目の佐賀さんが無邪気に問うた。未來さんは肩を竦めて見せる。


「そんなこと言う人だったら一緒になろうなんて思わないわよ」


仕事人間の未來さんらしい言葉で、私は彼女が結婚しても人間的には変わらないことに安堵のため息を漏らした。
未來さんは人妻になったって私の上司だ。憧れの先輩のままだ。


「九重(ここのえ)さん、何ため息ついてるんですか。さては鎌田部長のご結婚がうらやましいんだ~」