葦原くんは言うと、私の手をぎゅっと握った。
目の前にせまったタワーの一棟に向かい力強い足取りで歩いていく彼を、頼もしく思うと同時に不安がよぎる。

葦原くんがどれほど他人を操るのに長けていても、兄に通じるだろうか。
私を奪った相手という時点で、兄は敵と見なすだろう。そこからコントロール対象に持ち込むなんてできるんだろうか。


「沙都子さん、俺、腹が減ってます」


葦原くんが不意に言うので、私は彼を見上げ、答えた。


「昨日の材料の残りで、チャーハンか何か作ろうか」


「そうしてください」


偉そうに頼む不器用な彼を愛しく思った。

夕食を作って諍いになった夜以来、葦原くんは私の手料理を好むようになった。
極端から極端だ。
彼の部屋に泊まる時や休日は、作れる範囲で食事を作る。

不思議な関係だけど、今が一番居心地がいい。

だから、兄に壊されたくない。
私と葦原くんが今いるのは、いつか消える干潟みたいな楽園だけど、誰かに台無しにされるのは嫌。

台無しにするなら、彼か私がそう決めたときだ。