「その時は『別れた』ってことにしましょうよ。よくあるでしょう、同じ職場や学校に元カレや元カノがいるなんて」


葦原くんは平然と言うけれど、私はそんなことになった経験もなければ、この先彼と離れても同じオフィスで平気な顔でいられる自信もない。
きっと、私は哀れなくらいおどおどして、年下の恋人に捨てられた女の役をうまくこなせないだろう。

じゃあ、会社を辞めることになるの?

恋人と別れて会社を辞めるなんてものすごく情けない。
SEとしては優遇である今の職場ともさよならだ。

後悔で目の前が暗くなった。もう私の将来は積んだも同然だ。
ああ、こんなことなら、バレないように死に物狂いで隠し通せばよかった。

我が身の恥も、それによって会社を辞めることも、大きな問題ではなかった私が、一体どうしてしまったのか。
それでも葦原くんに捨てられて、無様に会社に居残る自分を想像したくないのだ。


「っていうか、なんですか、その顔。俺がすぐに飽きると思って話をしてますよね」


私が惑っている間に、葦原くんの前からベーグルの類は消えていた。
問いに答えあぐねて見つめると、彼は代わりに答える。


「たとえば、俺があなたを放りだすのが30年後だとしましょう。あなたには体面やプライドを気にする理由は残っていないと思いますよ」


「30年って……とんでもない冗談を言うんだね」


今までの人生をもう一回分。それは途方もない時間に思えた。