私は静かにこの恋を終わりにしなければならない。
30歳、人生で誰とも深く関わってこなかった私の初めての恋だった。

私はそっとハンカチを自らの頬に押し当てた。涙で濡れないように慎重に。まるで未來さんを抱きしめるみたいに。

大好きな未來さん。私の宝物。

今だけ、この一瞬だけひたらせて。
あなたとの5年間を実感させて。

来週には部下として普通に笑えるようになるから。



「へえ」


その声は何の前触れもなく振ってきた。


私は弾かれたように顔をあげ、振り向いた。
手の中にハンカチを押し隠す。無駄であろうけれど、そうせずにはいられなかった。

パーテーションに片手をつき、私を背後から観察していた人物は、視線が合うなりにっこりと笑った。

よく見知ったその顔を見て、私はぎくりと固まる。
寄りにも寄って一番苦手な男に見られてしまった。


「葦原(あしはら)くん……」


私の震える声に、葦原五弦(あしはらいづる)は余裕の微笑みを見せた。