お母さんがふう、と憂鬱そうなため息をついた。


そうさせているのは私だ。

自覚はある。



『………ねえ、玲羅。この前も少し言ったけど………あなた、結婚でもしたら? 相手くらいいるでしょう?』



結婚。私には最も縁遠い言葉だ。


お母さんはリヒトのことを知らない。


私は何も言わずに故郷を出てきたから。



親にも姉にも友人にも理由は告げず、ただ「東京に行く」と言い張って。



そのとき私は大学4年で、卒業式を終えた直後だった。


地方公務員の採用試験に合格していて、就職も決まっていた。


親は大喜びで、就職祝いにスーツやバッグを揃えてくれていた。



それなのに私は、リヒトを追って東京に行くことを決めてしまった。



大学のサークルの他でリヒトが組んでいたバンドに、大学4年の夏、東京のインディーズレーベルからスカウトの声がかかって、リヒトは私に何一つ相談もせず、卒業もしないままに上京した。


私はなんとなく、「これでリヒトとは終わりかな」と思っていた。



でも、東京に引っ越したリヒトからかかってきた電話で、私はたやすく心を決めた。



《レイラ。お前、いつこっち来んの?》



仕事も安定も、友人も、家族さえも捨てて、私はリヒトを追って故郷を飛び出した。