「………リヒトさん、こっち見てない?」



隣のルイが私の耳許に囁きかけてきた。


私は曖昧に首をかしげる。



リヒトの長い前髪の奥から覗く目。


こちらに向いているけれど、私とルイを見ているわけではない気がした。



リヒトの唇がかすかに動く。


ステージを覆う拍手と歓声のせいで、その声は聞こえなかったけれど、

れい、と言ったように見えた。



右隣に立つルイがぴくりと反応する。


でも、それよりももっと大きく肩を震わせたのは、左側にいる女の子だった。



それで、私は気づいた。


リヒトがまっすぐに見つめているのは、私でもルイでもなく―――その女の子なのだ。



声にならない呟きを洩らしたリヒトは、すっと顔を背けて、何事もなかったようにステージから立ち去っていった。


女の子は瞬きも忘れたように目を見張って、リヒトの背中が消えた黒いカーテンの向こうに目を凝らしていた。




拍手は鳴りやまず、しばらくするとDizzinessのメンバーがステージに戻ってきた。


アンコールは2曲。

インディーズ時代から人気のあった定番のナンバーと、デビューアルバムからバラードを1曲。



アンコールの間、リヒトは一度も、ちらりとも私たちのほうには視線を向けなかった。


まるで頑なに拒むように。