リヒトはもう一度やわらかく微笑んで、私の後ろ頭を大きな手でつかむ。


そして、ゆっくりと上半身を屈ませて、覆い被さるように、優しく私にくちづけた。



一瞬で首筋に鳥肌が立つほどぞくぞくした。


媚薬を唇に落とされたような、甘美な戦慄。



でも、愛しい唇は、あっさりと離れてしまう。



「………じゃあな、気いつけろよ。あ、そのマフラー、お前にやるから」



リヒトはそう言って、マフラーの端どうしをくるりと結び、部屋に戻っていった。




エレベーターの中に入ると、私は壁に背中を預けて、そのままずるずるとしゃがみこんだ。



「………ずるい」



リヒトは、ずるい。

卑怯だ。


私はマフラーの中に顔をうずめる。


リヒトの煙草の香りがした。



なんで、こんなことするの?


こんな優しさを私に与えるの?



どうせ、ただの気まぐれのくせに。


結局、私の誕生日なんて忘れたままのくせに。



それでも私は、ときどき思い出したように与えられるちっぽけな優しさに、泣きたいくらいの喜びを覚えて打ち震える。



王様の気まぐれ。

無責任な優しさ。


下僕はただただひれ伏して、それを享受する。



枯れて渇ききったた大地にようやく降った恵みの雨は、

花の蜜よりもずっとずっと―――蕩けるほどに、痺れるほどに、甘い。