「―――俺は………満たされたくない」



リヒトは薄く笑って、目を伏せ、独り言のように呟いた。



「安堵したくない、安定したくない。

ここが自分の居場所だと思いたくない」



どうして、などと訊ね返さなくても、私にはその理由が、なんとなく分かっていた。


リヒトはきっと、それを分かった上で、私に聞かせるためではなく、自分の気持をは吐き出すために喋っている。



だから私はただ耳を澄ます。



「駄目なんだ………俺は、満たされたら、もう終わりなんだ。

もしも安定を得たら、孤独を忘れたら、一人の女に決めたら、欲することを忘れたら、一つの場所にとどまったら………

そうなったら、俺はもう、新しい音楽を生み出せない」



リヒトはやっぱり、ほとんど感情の感じられない声で呟く。



「音楽をつくりつづけるためには、俺はいつでも不安定で、真っ暗闇の中で、焦燥と欲望の中で悶えていないといけない。

自分を嫌いつづけて、軽蔑しつづけていないといけない。


―――俺は孤独じゃないといけない。



居場所を手に入れた瞬間に、俺は孤独じゃなくなってしまう………そうしたら俺は音楽を失う。

俺は音楽に人生を捧げると決めたから、それ以外のものは手に入れちゃいけない。

音楽を生み出すためには、決して手に入れられないものを、永遠に渇望しつづけていなくちゃいけない………」