しばらくして、リヒトがふっと細い息をもらした。



「…………馬鹿な女だな」



呆れたような声音。


今日はじめてリヒトの声に色が宿っていた。



私は泣きはらした目をあげる。


リヒトはなんとも言えない表情を浮かべていた。



次の瞬間、リヒトの腕がゆっくりと広げられた。


私は目を見張ってリヒトの顔を凝視する。


気がついたときには、リヒトの両腕に包まれていた。



予想もしなかった展開に、私は目を剥く。



「…………リヒト?」



抱きしめる腕に、さらに力がこもった。



驚きと期待に、胸が張り裂けそうなほど鼓動が高鳴る。



もしかして、考え直してくれたのかな………。


愚かで浅はかな希望は、次の瞬間、耳許で囁かれた甘い声によって無惨に打ち砕かれた。




「―――お前の存在自体が、邪魔なんだよ」




一瞬、心臓が止まったかと思った。



なにも見えなくなって、なんの音も聞こえなくなる。



ただひとつ聴こえるのは、耳に押しつけられたリヒトの胸からかすかに響く鼓動の音だけ。



「俺にはお前は必要ない。

俺の邪魔はしないと言ったが、お前がいるだけで邪魔なんだよ」



リヒトの声は、こんなときにも冷たくて、残酷で、美しくて、甘い。


私は瞼を閉じて、愛しい鼓動の音に耳を澄ました。