顔を背けた私に、リヒトは「なあ、お前」と声をかけてきた。



「ここに来たってことはさ、音楽、好きなんだよな。なにか楽器とか、弾けんの?」



私はリヒトに視線を戻し、こくりと頷く。



「っていっても、ギターと鍵盤、ちょっとだけだけど」


「なんだよ、ちょっとって。中途半端だな」


「いや、ええと、お父さんとお兄ちゃんが弾くから、少し教えてもらった」


「ふうん。ギターのコードはだいたい弾ける?」


「あ、うん。ふつうのコードなら」



ついさっきまで、世間話をするみんなの中で無愛想に黙りこんでいたのに、音楽の話になったとたん、リヒトは饒舌になった。


興味がないものには全く関心を示さない性格なんだな、と思った。



「じゃあさ、お前、いちばん好きなコード、なに?」



予想もしなかったことを訊かれて、私はきょとんとした。


好きなコードって……そんなの、あんまり考えたことがない。


私は首を傾げて、Aから順番にコードを、それが奏でる音色を思い浮かべていく。


一番はじめに覚えたのは、A。

次に、E、C、D、B。

はじめてまともにFが押さえられたときは、すごく嬉しかったな。


でも、一番好きな音は。



「………Am」



エーマイナー。


曇った冬の空みたいな、どこか不穏で切ない音。