「ダメだよ、春風さん。“そっち”に行っちゃ」
耳元で、椿くんの優しい声がする。
「よかった。春風さんを、間違った方向に行く前に止められて」
助けて、なんて頼んでない。
そう思うのに、どうしてこんなにも、椿くんがここにいることに安心感を覚えているんだろう。
「つ、ばき……く……」
「うん。話さなくていいから、泣くだけ泣いておこう」
嗚咽のせいで言葉がうまく出てこないあたしに、椿くんが優しく頭を撫でながらそう言ってくれた。
苦しくなんか、悲しくなんか、寂しくなんか、ない。
そのはずなのに、まるで拭う方法を忘れてしまったみたいに、涙が次から次へと溢れて止まらない。
あたしは今、スミレに嘘をついて芹香を陥れようとしてた。
そのまぎれもない事実に、スミレを芹香に取られない為なら何だってすると決めたあたしだったけど、本当は心のどこかで最低な行為だと理性が働いていたのかもしれない。