「お、おはよ」
「ん」
へら、と笑って挨拶をすると、彼は短く返事をしてからすぐにすたすたと歩いて行った。
「き、聞こえたかな?」
「茗子、声大きいから」
「えー!?」
彼の背中を見つめながら、彼は、いつもどんなことを感じているんだろう、とぼんやりと思う。
内部組の、大和。大和由比(ゆい)。
同じクラスだけれど、こんなふうに短い会話にもならない会話しかしたことがない。私にかぎらず、クラスの誰とでもそんな感じだ。
誰とでも仲の良い飯山くんでさえ、彼と話している姿を見たことはない。
運動神経もいいし、テスト結果の張り出しでも、いつも上位にいる彼は、顔もいいし、身長も高い。
けれど、彼はあまり人と絡まない。
人が絡まない、と言ったほうが正しい。
つまり、見かけやスペック的なものはモテる要素しかないのに、モテない。
「輝くらいだよなあ、大和に挨拶するなんて」
「そう? 確かにちょっと怖いけど……返事してくれるし」
「なつかれたら面倒だからそこそこにしなよー。何度も言うけど、危ないんだから」
茗子の助言に「そだねー」と適当に返事をして彼の背中を見つめた。
茗子や飯山くん、それと他の友達から聞く話によると、中等部の時、誰かを殴って病院送りにしたとか、退学に追い込んだとか、学校のガラスを割りまくったらしい。
確かにこの学校では珍しいくらい制服は着崩しまくっていて、一見不良に見えなくもない。
ネクタイはゆるいし、ズボンも腰まで下げられている。上履きのかかとは踏みつけられている。
なにより目線が怖い。目があっただけで凍りついてしまいそうな感じがある。無口なのもその印象に拍車をかける。
みんながウソを言っているわけじゃないのもわかるから、危険な人なんだろうなあとは思う。
けれど、そこまで悪い人にも思えないんだけどなあ……。
授業だってたまにサボるくらいで大体は真面目に教室にいるし、高校に入ってから、一度だって彼が問題を起こしたという話を聞いたことはない。
なにより、綺麗な目をしている。
真っ直ぐな瞳。
会話をする時、彼は人の顔を真っ直ぐに見る。たった一言話すのにも、私の目を見てくれる。
その目が、すごく、好きだ。
「そういえば、美化委員の男子って大和じゃなかった?」
「あ、うんそーだよ」
「まじで!?」
「あーもう心配だなあ。輝お人好しだから! 一緒に掃除して襲われないでよ」
ひどいなぁ、と苦笑がこぼれたけれど、茗子の本気で心配している表情は嬉しくも感じた。
お人好し、なんて言われたことにほんの少し、びくりと体が震えてしまったのは多分気づかれてない。