ごくっとつばを飲み込むと、くっくっく、と誰かの笑い声が聞こえてきた。

 笑っているのは、浜岸先輩。
 バカにしたように笑い、視線を会長に向けた。


「その1年の言うとおりだ、お前は黙ってろ。オレは鷲尾と話してんだ。なあ、鷲尾」


 乱暴に肩に添えられた手を振り払い、「気安く触んな」と睨みつける。

 一瞬唖然とした会長の顔が、次第に歪んでいくのがわかった。


「もう、やめませんか?」


 浜岸先輩が会長になにかを言おうとしたとき。
 澄んだ声が聞こえた。

 声のする方には、鷲尾先輩を見つめる柿本さんがいる。彼女のこんな声を聞いたのは初めてだ。いつも、ぼそぼそと話していたから、こんなにも響く、綺麗な、透き通るような声をしていたなんて。

 今まで声を発した誰よりも小さな声だったのに、誰よりもよく響いた。


「もう、やめましょう、せんぱい」


 なにを"やめる"のか。
 誰に向かって話しかけているのか。

 視線の先を見れば理解できる。


「やっぱり、わたしたちだけでやるべきでした……。こんな、人の気持ちを察することもできない、理解しようともしない人たちと一緒になんて、無理です」


 それは、誰に向かって言っているのか。
 おそらく放送部以外のメンバーに向けているのだろう。

 なんで……。
 なんでそんなふうに言うんだろう。そんなふうに、切り捨てられることに、胸が痛む。

 眉をひそめていると、柿本さんは私の方に顔を向けた。その視線はとても、冷たく見えた。


「……あなたは、本当に自分勝手な人」

「え?」


 わ、私?

 なにを言われているのかわからず、目を瞬きさせて彼女の言葉を待つしかできない。


「いじめてないから、自分は悪くないと思ってるんでしょう? むしろ、散らばったわたしの荷物を拾ったり、ゴミ箱にあったわたしの靴を拾って、助けているつもりなんでしょう? 自分はいい子だって、思ってるんでしょう?」

「な、なに?」

「それが人をどんなに惨めにするのか、考えたこともないんでしょう? いじめを助けているつもりで、人を傷つけていることに気づかない鈍感な人」


 言葉が、でなかった。

 そんなつもりじゃない。そういう気持ちじゃない。
 だけど、本当に?

 自分で問いかけたけれど、答えはわからなかった。