「弱い奴をいじめるのは好きじゃねえけど、いじめをなくすなんて、そう簡単にできるもんじゃねえって、俺は知ってるからな」
「……そう、かな」
「いじめをなくすことができたら戦争なんてとっくになくなってるだろ。人の気持ちを変えるなんて、みんな同じ気持ちにすることなんてできるわけねえよ」
「じゃあ、どうして?」
そんなふうに思っているならどうして、参加しようと思ったんだろう。
階段を降りている間に問いかけたけれど、大和くんはなにも言わなかった。聞こえなかったのか、考えているのかは後ろにいる私にはわからない。
それ以上大和くんに問いかけるのはためらわれて、無言のまま掃除する教室について鍵を開けた。
3階の美術室は、開けると油絵の具の匂いが充満していた。
私の好きな匂い。
だけど、嫌いな匂い。
すうっと深くそれを吸い込むと、なんだかやるせない気持ちになって、窓を開けた。
窓の下には花壇が見える。栽培委員が管理している校舎裏はすぐそばがフェンスで狭い。けれど日当たりがよく、季節の花がいろいろ咲いている。
そこに、人影が見えた。
「あ……蒔田先輩だ」
ぼそっと呟くと、大和くんが覗きこむように私の隣に並んだ。
「へえ、彼氏?」
か、顔が近い! 大和くんの吐き出す息が耳にあたってくるんだけど……!
そっと一歩だけ離れて赤くなってしまった顔を隠すようにして「わ、わかんないけど」と震える声で返事をした。
「なんか、意外な相手だな」
大和くんに言われて再び先輩の方向に視線を動かす。
確かに……ちょっと派手な先輩には意外な相手だ。短めの黒髪に、フレームレスのメガネが見える。
こう言っちゃなんだけれど、地味な感じ。
本当に彼氏なのかな。ただのクラスメイトとかじゃないのかな。
そう思って見つめていると、ふたりの距離がぐっと近くなる。手を取り合って、見つめ合って……顔が、近づいていく。
「あ、キスした」
「く、口にしないでよ!」
「バカ! 声でっけえよ」
ばっと私の口元に大きな手が当てられて、頭も押さえつけられそのまま床にしゃがみ込むような形になった。
窓から「誰かいた?」「気のせいじゃない?」という会話が聞こえてくる。
「キスくらいでなに赤くなってんのお前」
「だ、だって……」
手が口から離れる。
目の前の大和くんがバカにしたように笑って私を覗きこんできた。
だから! 近いってば!
手も! 頭に触れたままだし!