私に伸ばされた彼の手をゆっくりと取って体重を右足に移していく。
えい、と心のなかで言ってから体を傾けた。
とん、となにかが私の体を支えて、ゆっくりと持ち上げる。そのまま地面に両足がついた。
彼が私の腰を片手でしっかりと支えていて、絡まる手を離していく。狭いベランダに限りなく近い距離で向き合っている。
「やるじゃん。っていうかお前口悪いし負けず嫌いだな」
「うるさいなあ」
なんだか恥ずかしくなって頬をふくらませながらぷいっとそっぽを向いた。
今まで必死になって我慢していた本来の私を、たった数分で暴かれたことに対して、どう反応していいのかわからない。
でも彼は、そんな私の態度に怒っている様子はない。
むしろ楽しそうに感じる。
ここからどうするのだろう、と思った瞬間隣の窓がガラッと空いた。
「ここ、鍵ねーから。ここが、元卓球部の部室」
こんな場所があるなんて。
誰にも見つかることはないだろう。っていうか大和くん以外知らないだろう。いや、知られていたとしても大和くんが出入りしているなら誰も寄り付かないかもしれない。
「おじゃましまーす」となんとなく小声で呼びかけながら中に入る。
6畳位の狭い部屋で、床はギシギシと音を鳴らした。相当古いんだろう。壁もぼろぼろだ。隅っこにあるロッカーは錆びている。
折りたたみ式の長テーブルが2つ。それを挟むようにしてベンチがふたつ。それだけの部屋。
クーラーも扇風機もないから、むっとするような熱気が篭っていた。
「飲みもん買ってから来りゃよかった」
舌打ち混じりに彼が呟いてベンチに座る。私は向かいのベンチに座った。
「よく知ってたね、こんな場所」
「知り合いが元卓球同好会だったからな。誰にも教えんなよ」
くあ、と声を出して欠伸をする大和くんに、思わず"どうして私に教えてくれたの?"と聞きそうになった。
それを問うことを、どうして私はためらってしまったのか、という疑問も浮かぶ。
どんな返事を期待しているんだろう、私。
なんだか、調子が狂っているのが自分でわかる。