「ほら」

「え、で、でも」


 下をのぞき込むとくらりとめまいがする。

 落ちたらどうなるのか……下手すりゃ死ぬ。いや、幸い下は土になっているからそれはないかもしれないけれど、ケガはする。絶対する。っていうか絶対落ちる。


「はやくしろよ」


 そう言って大和くんは私に手を差し伸べた。
 大きな手で、私を招く。

 大和くんの立っているベランダは、ふたりくらいしか立てないくらい狭い。だからこそ、彼は……私を受け止めてくれるようなそんな、よくわからない安心感を抱いた。


「上の、そう、階段の下を掴んで、手すりに立てばいいんだよ」

「そんな、簡単に言わないでよ」

「あーもうどんくせえな。あとパンツ見えてんぞ」

「ちょ! なに見てんのよ!」

「バランス崩すなよ。めんどくさいから、ほら。さっさとしろって」

「わかってるからもう黙ってて!」


 校内でも噂の彼にこんな口調で話をしているなんて、誰かが見たらびっくりするだろう。
 でも今はそんなこと気にしている余裕はない。っていうか本当に黙ってて欲しい。

 脚をぷるぷると震えさせながらなんとか手すりに立ち上がった。


「下見るなよ。で、そのまま脚広げろ」

「ちょ、ホント、黙ってて気が散る」

「だったらさっさとしろよ、暑い」


 彼の言葉に返事をしないで右足を伸ばす。怖くて目を瞑ったまま、ベランダを探って脚を軽く添えた。思ったより遠く感じて、体重を支える脚がぶるぶると震える。


「ゆっくりこっち見て、手よこせ」


 よこせって……偉そうに。

 そう思いながら目をうっすらと開くと、思いの外優しい顔で私を見つめている大和くんと目があった。


「う、わ!」

「なにやってんだお前! 手ゆるめんな馬鹿か」

「だ、だって」


 あんたがそんな……顔するから。
 なんて言ったらきっと彼は怪訝な顔をするだろう。私だって恥ずかしくて言えない。

 目を細めて、今頑張ってる私を褒めてくれるような、笑顔。

 誰だ、彼を乱暴者だとか冷たい男とか言っている人。そのせいで、彼の思いもよらない顔を見るだけで……心臓が落ち着かなくなってしまうじゃない。