「なにーまだ寝ぼけてんの? っていうか、今日までずっと掃除してたってマジで?」
「え、あ、うん……」
「トイレ行ってくる」
話しかけてくる貴美子に戸惑いながら答えていると、そばにいた茗子がすっくと立ち上がって、ひとりで教室を出て行ってしまった。
みんなも茗子のいつもと違う様子に気がついたんだろう。
誰も一緒にいくとは言わず、無言で茗子の背中を見送った。
「……ねえ、輝、茗子とケンカでもしたの?」
教室からその姿がなくなると、貴美子がこそっと小さな声で耳打ちをする。
「……え?」
「休みの間、何回か遊んだんだけどさー、輝来ないし、茗子に聞いても"知らない"の一点張り。連絡しようと思ったんだけど、なんかそれもねー」
茗子は……なにも言わなかったの?
自分の思いも、私に対することも、私が言ったことも、なにも言わないままでいてくれた。
……なのに、私は?
私は、茗子はみんなに話しているだろうって思っていた。無視されるかもって、思っていた。
「ちょ、ちょっとどーしたの!?」
涙がぼろりと溢れてしまって、貴美子が慌てて私のそばをウロウロする。それが嬉しくて、茗子の気持ちが優しくて、笑いながら泣くしかできなかった。
「なにがあったかしらないけどさ。仲直り、しなよ。仲よかったんだからー」
「うん、ちょっと、行ってくる」
そう言って鞄を置いてすぐにトイレに向かった。
丁度教室にやってきた飯山くんとすれ違って、「おす」と相変わらず明るい口調と笑顔で挨拶をかけてくれる。
彼が今、誰かをいじめているという姿も見たこともないし話も聞いたことはない。誰にでも声をかける。クラスでおとなしい子にも、地味な子にも。
このクラスには、人をバカにして笑うようなことも、無視することも、ない。それは、飯山くんがみんなに対等に話しかけているからじゃないかと、思う。
大和くんにだって、避けているだけでなにかをするわけじゃない。
それは、少なからずなにかを感じているからじゃないかと、今は思うことができる。いつか、飯山くんともちゃんと、話してみたいとも思う。いつか、話してくれたらいいなと思う。
きっと、彼にもいつか、思いを吐き出したくなる日がくるんじゃないだろうか。
そのとき、耳を傾けてくれる人がいたらいいなと、思うんだ。
私にとっての大和くんのような。先輩たちのような。
そして、茗子のような人が。