じいさんは春川の下の名前を呼んでいた。




たぶん常連客で、見た目が可愛らしくて大人しく、黙って話を聞いてくれる春川をつかまえて会話するのが趣味にでもなっているんだろう。




退職して暇を持て余し、喫茶店に長居する年配者には、たまにある行動だ。





俺は厨房のほうにちらりと目を向ける。




店長と、アルバイトの男子大学生がいるが、片付けにとりかかっているためか、ホールで春川が客に捕まっていることには気づいていないようだ。





俺は伝票を持って、わざと椅子の音を大げさに立てながら、席を立った。






そして、じいさんの席のほうに向かって声をかける。






「ーーー春川。精算たのむよ」





「あ……はい」






春川がほっとしたように見えたのは、俺の気のせいだろうか?