私だけにしか感じないという事は、隙間風や何かとは違うという事だ。
それだとふたりも感じるはずだから。
懐中電灯を上下左右に振りながら、何かないかと調べ続けてとうとう一番奥の棚。
私の背よりも高くて、見るからに重そうだ。
その棚が置かれている床に……すれたような跡がある。
これは……棚を移動させたのかな。
まあ、位置を変えるなんてよくある事だけど……。
風が棚の横から吹いているように思えて、私は手を、棚と壁の隙間に伸ばした。
「……やっぱり、この後ろから。高広! この棚の後ろから風が……」
と、振り返ろうとした時だった。
ほんの少しの……10センチもないくらいの隙間から……。
誰かの黒い手が、私の腕をつかんだのだ。
懐中電灯で照らし出されるそれは、輪郭がぼやけて像がはっきりしない。
黒くて……つかまれている感覚はないのに、腕が動かない。
「カエレ……」
そう聞こえた、「赤い人」の歌声のような低くて頭に響く声に、私の背筋が凍りつく。
「ひっ!!」
慌てて腕を引くと、それを感じ取ったのか黒い手が開いて、私の腕を放した。