すると、お義母さんの唇が薄く開いた。
あ、と思った次の瞬間。


お義母さんが歌いだしたのだ。
その声は思ったより大きく、目の前のみなみを始め、誰もが突然の彼女の行動に驚いていた。


昭和の歌謡曲のようだ。子守唄ではない。
社長が横で歌手の名前をぽつりと呟いた。
それは私も知っている有名な女性歌手の旧姓だ。旧姓時代に出した古い曲らしい。

お義母さんは朗々と調子も外さず歌う。瞳は虚空をさまよっているし、意識がはっきりしているわけではなさそうだった。

みなみがお義母さんを見ている。
驚いたように目をみはっているけれど、お義母さんの人差し指は放していない。


「……知ってる」


それまで戸口に立ち尽くしていたゼンさんが口を開いた。
一歩ずつベッドに歩み寄ってくる。


「この曲、俺が子どもの頃、よくお袋が歌っていた。機嫌のいい時や、家事をしながら」


懐かしい母親の歌声に引き寄せられ、ゼンさんはお義母さんの傍にやってきた。
今、彼の目に映るのは子どもの頃の母親の姿なのかもしれない。

ゼンさんの瞳には大粒の涙がたまっている。