「正解なんてどこにもねえよ」
鼓膜を揺らしたのは、とても強く、まっすぐな声だった。
「もしあったとしてもそんなのは完全じゃない。たとえば誰かの言ってることが正しいとして、おまえが間違ってる理由にはならねえし、逆も同じだろ?」
「……うん」
おじさんの手のひらがそっと背中に降りてきた。そして、ぽんぽん、あやすみたいな手つき。
「だったら自分で考えろ。自分で決めろ。拙くても、それが“正解”になるから」
圧倒される。やっぱりおじさんは大人だなって思う。
この絶対的な差に振り払われないようにもっと強くシャツを握りしめると、おじさんは今度は優しくあたしの背中を撫でた。
「……でも、ゆりさんのところに帰ること、すげえ『正しい選択』だと思うよ。祈とゆりさんは家族なんだから、そうするのがいちばんだろうって、俺は最初から思ってたよ」
おまえにはいっしょにいられる家族がいるんだから――と、言われているような気がした。
「それに、家に帰ったからってもう会えなくなるわけじゃねえよ。その気になればいつだって会える」
「……うん」
「だからびいびい泣くな。永遠の別れじゃない」
そうなんだけど。それは、わかってるんだけど。
おじさんがどうとかじゃない。ほんとは、あたしがさみしい。おじさんと過ごす時間を手放すこと、あたしのほうが、さみしくてしょうがないんだ。
「夜ごはん、食べに来てね」
「ああ、気が向いたら」
「よもぎの散歩にもいっしょに行かせて」
「そうだな。よもぎも喜ぶと思う」
「アトリエ、いっぱい遊びに行っても怒らないでね」
「わかったよ、うるせえな」
だっておじさんって、知らないうちに消えてしまいそうだから。実体のあるうちに、さわれるうちにつなぎとめておかないと、もう二度と会えなくなる気がするんだよ。
「ちょっとずつ荷造りしねえとな」
できればあたし、おじさんと“家族”になりたい。
とても軽率な、子どもっぽいこの願いを口にしたら、この男はどんな顔をするんだろう。なにを言うんだろう。