───さあ、帰ろうか。
きみのいる世界ではなくて、大切な人たちが待つ世界へ。
そっと閉じていた目を開けて、僕は海に背を向け一歩を踏み出した。
だけど、何が大切なものを忘れている気がして僕はもう一度だけ後ろを振り返る。
「……ん?」
視線を僕たちが座っていた砂浜に移すと、半分砂浜に埋もれかけている小さな紙切れが街灯に照らされて夜風にそよそよと揺らされていた。
「……なんだろう」
不思議に思った僕は踵を返し、その紙切れへと近付き目の前で足を止める。
それからしゃがんで、やわらかい砂に指を通すようにして小さな紙切れを掬い上げた。
その紙切れを目を凝らして眺めてみるけれど、それは真っ白で何も書かれていない。
でもふと、僕は紙切れをひらりとひっくり返す。
……驚いた。
そこにあったのは、もうこの世にはいないきみからの最後のメッセージ。
“ありがとう、優太”
真っ白な紙切れには、きれいな文字で真ん中に小さくこれだけが書かれてあった。
「……はは」
思わず僕の口から笑みがこぼれる。
本当に僕の好きな人は不器用だ。
いじっぱりでわがままで素直じゃないくせに、時々こうして可愛らしいことをするゆりあ。
僕はそんなゆりあが大好きなんだ。
……それにしても、本当に最後まできみはきみらしいなあ。
ドラマや小説ではこういうとき、長文のメッセージや手紙を残すものでしょう?
けれどゆりあはそれをしなかった。
本当に不器用だ。
不器用だけど、きみは優しいね。
僕に手紙を残してしまったら、僕がいつまでもきみの面影を追い続けて立ち止まってしまう。
きみはそう思ったんでしょ?
この一文に詰まっているきみの思い、全部分かってるから。
僕は今まで、その不器用なゆりあの優しさに何度救われてきたのだろうか。